人の暮らし(6)・ようこそユニクロへ

セブ市の FUENTE OSMENA, CROWN REGENCY HOTEL のすぐ近くの風景。屋台で昼ご飯を食べています。8人くらいが座れる屋台です。

S M ショッピングモールはフィリピンでは一二を争う巨大デパートです。

セブ市にある「SM CITY」の中に、日本の「ユニクロ」が出店しています。昨年、行ってみました。

「Welcome to UNIQLO ! 」(「ようこそユニクロへ!」)

「Welcome to UNIQLO ! 」(「ようこそユニクロへ!」)

フィリピン人の女店員たちが、口角を少し上げて笑顔をみせながら、店内に響き渡るほどの声で客を迎えます。機を見計らうように、口々に相呼応するかのように、

「Welcome to UNIQLO ! 」

「Welcome to UNIQLO ! 」

ここは、日本のユニクロ? 
店内の会話が英語かビサヤ語でなければ、一瞬、日本の店舗と錯覚しそうになります。フィリピン人店員の仕事ぶりも、日本のユニクロで目にするのとまったく変わりありません。むだ話をしている者もいない。すべてが日本の「ユニクロ」一色に染まっています。

ユニクロと聞いてすぐに思い浮かべる言葉は、「ブラック企業」
同社は日本を代表する世界的な企業の一社ですが、かつて苛酷な労働環境問題で、ブラック企業の代名詞といわれた時代がありました。(注1)

ブラック企業の定義は一般的には、長時間労働・サービス残業・パワハラなどが常態化していることです。従業員がうつ病を発症したり、過労死の原因になっています。

近年は C S R (Corporate Social Responsibility 「企業の社会的責任」)や S D Gs (Sustainable Development Goals「持続可能な開発目標」)などに取り組む姿勢を鮮明に打ち出しているユニクロですが、今日現在、ブラック企業の汚名を払拭するほどの改善に至っているかどうか、内実は分かりません。(注2)

日本でも世界でも、企業が高成長を維持していくためには、従業員の深刻な労働環境問題ひとつを取ってみても、大なり小なり、「必要悪」ともいっていい側面があることは否めません。ましてや世界一を目指すとなると、常人の知恵をはるかに超えた図抜けた手法・実行力・統制力が求められることも理解できます。

十年くらい前に,ユニクロの店員研修の模様をテレビで観たことがあります。場所はバングラデシュだったかパキスタンだったか、ちょっと不確かですが。

日本人の男の研修担当が英語で現地採用の男の店員を実地教育している。店の入り口の脇にある買い物カゴの並べ方について指示を出している。

「まず、両足をこれくらいの角度で開いたら、身体の向きをこれくらいに構える。かがんでカゴを持ったら、これくらい身体をひねって積んでいけば、一回の動作が10秒以内で済む」たしかこのような内容だったと記憶しています。現地人店員がそのとおりに身体を動かす。

研修担当はストップウォッチを手にしていたような憶えがあります。買い物カゴの整理だけでなく、各作業を時間で区切って、その時間内に終わるように身体動作までも含めて「教育」する一環だったのかもしれません。まさに、「時は金なり」
営利に資するために、一切の無駄を排し合理性を徹底して完璧に近づける。

当時このテレビ番組を観ていたときに、1936年のアメリカ映画で、チャップリンの「モダンタイムス」が、パッと頭に浮かびました。

工場で働くひとりの工員(チャップリン)の姿をとおして、資本主義社会の機械化文明を痛烈に批判した映画です。

両手にスパナを持った工員が、ベルトコンベヤーで絶え間なく流れてくる部品のナットを締めている。来る日も来る日も、朝から晩まで単調な作業に明け暮れる。人間としての尊厳は失われ、ロボットのように単なる機械として扱われる。
仕事を終えても、両手が勝手にナットを締める動作を反復するようになった工員は、やがて心を病んで精神病院に送られる。
この映画はチャップリンの傑作のひとつで、世界中の多くの人びとの共感を得ました。

会社が従業員に、自社の文化・経営理念を植えこむことは、当然のことです。営利目標を達成するために必要な教育を、マニュアルに沿って外国人も含めて全従業員に課すことも、また当然のことです。
それでもなお、いいようのない、薄気味悪い印象ばかりが残ります。教祖の教義に従って信徒を洗脳するカルト宗教に似ている。

ユニクロはいまでも身体動作にまで及んで従業員をロボット化するような教育をしているのでしょうか。あるいはまた、マニュアル信奉の結果、従業員の自主性や裁量を完全に排除しているのでしょうか。

セブ島に定住した5年ばかり前に、大手ショッピングモールなどで、店員たちがベチャクチャと油を売っていたり鼻歌を歌ったりスマホをいじくったりしている光景をよく目にしたものです。いまも同じです。

フィリピンでは日本でいわれるようなブラック企業は、はたして、あるや否や? 
経済格差があまりにも開きすぎている日比間では、共通のインフラ要因がないので、この問題を比較しても、大して参考にはなりません。

ただひとつ確かなことは、当地でも過労によってうつ病になる社員が一定数いることは事実です。とくに大手企業では、膨大な仕事量を処理するために、サービス残業はもちろん無給で休日出勤せざるを得ないこともめずらしくないそうです。3年ほど前に、その実例を直接、フィリピン人から聞いたことがあります。
過労により自ら命を絶った事例は、今日までのところ、見聞きしたことはありません。宗教(カソリック)が防波堤となって、最悪の事態を免れているのでしょう。

ふだんの日常で誰の目にもなじみのある職場風景といえば、なんといっても、ショッピングモールです。ここには生活に必要なすべての品々が揃っていますから。

「SM CITY」ユニクロ店の空気は、他の店舗に比べて明らかに締まりがあって際立っています。
同店の店員のうち、正社員・準社員・パートの内訳や賃金、店内規則などは分かりませんが、そこそこ満足しているのではないかと察しています。仕事に就くことができるだけでも御の字といった社会環境がフィリピンにはあるからです。

フィリピンの人口は日本とほぼ同じで1億1千万人ほどです。人口動態は、高年層が少なくて生産年齢層が突出して多い。平均年齢は、なんと25歳くらいです。
一方の日本はといえば、典型的な逆ピラミッド型で、少子化の影響で高年層が圧倒しており、生産年齢層は見る影もなく貧弱です。平均年齢は、な、なんと50歳近い!

フィリピンで一定規模以上の会社の正社員になるためには大卒の資格が必須です。有名大学卒で国家資格をもっていれば引く手あまたですが、高卒程度で中規模の会社の正社員になるのは、かなり厳しいと聞いたことがあります。

O F W(Overseas Filipino Workers「海外フィリピン人労働者」)はフィリピンの人口の約1割を占めているといわれています。
働き手はあり余るほどいますが、肝心の受け皿が少ない。高学歴で安定した会社に就職できる人は少数で、経済的な理由で高卒以下の人は仕事にあぶれてしまうことが多い。海外に活路を見出すのもやむをえないのでしょう。(注3)

さほど遠くない将来には、ユニクロのような外資系企業が増えて、フィリピンの経済発展の一翼を担うことになるのでしょうか。

就職について多くのフィリピン人に共通した思いは、毎日三度のご飯を食べて生きていくために、まず職に就いて給料をもらうことが先決で、職場環境の良し悪しなどは、二の次三の次だということです。

日本の労働基準監督署は、企業倫理に反した会社に対して、適切な勧告をしたり処罰を加えることができますが、フィリピンで同様の事例を見聞きしたことはまだありません。労働市場および労働者の意識の成熟さの度合いが、日本とはあまりにもかけ離れています。むべなるかな。

A I(Artificial Intelligence 「人工知能」)が今や凄まじい勢いで人間の仕事を奪っています。
単純作業ばかりでなく、創造力が求められる知的分野の領域にまで、ロボット化が深く浸透しています。

生産年齢層が少ない日本では、A I を活用することによって、生産性を高めることができるという利点もあります。生産年齢層が人口の大多数を占めているフィリピンでは、A I の進歩によって、失業者がますます増えていくという懸念もあります。

いずれにしても、さほど遠くない将来には、人間とA I の望ましい共存の在り方が問われる社会が訪れることは間違いありません。


(注1)ルポライターの 横田 増生・著「ユニクロ帝国の光と影」(2011年)、「ユニクロ潜入一年」(2017年)に、ユニクロの劣悪な職場環境が詳述されています。
「ユニクロ帝国の光と影」を出版した後に、ユニクロが出版社の文藝春秋を名誉棄損で提訴しましたが、結果はユニクロ側の完全敗訴。

(注2)CSR も S D Gs も、だいたい同じような意味。
企業は社会の一員として、たんに利益だけを追求するのではなく、環境保全・人権・差別・適正な雇用と労働環境などなどの課題に取り組み、企業としての社会的責任を果たすこと。

(注3)日比の人口動態、OFWについての詳細は、以前のブログ「フィリピン出稼ぎ事情」をご覧ください。

2023年7月14日・記

コメント

  1. ユニクロが都内初出店したのは1990年原宿店だそうですが、出来た当事はもう終期でしたがバブル経済中だったこともあり俗に言う「安かろう悪かろう」とバカにしていました。
    しかし1990年発売とのことですが、 フリースが出てからはいろいろ小物も含め購入するようになりました。今では肌着は夏は「エアリズム」冬は「ヒートテック」という商品にお世話になっています。ユニクロも今年で25周年、ファートリテリングは会社創立60周年になるそうで、国内は47都道府県すべてに約800店、海外は1500以上出店しているそうです。会社内部のことは調べたこともありませんが、今まで店舗に行って不愉快な思いをしたことはなく従業員は良く教育されているとの印象です。
    ユニクロも当初から、本社での会議は英語オンリーで、接客のコンセプトはホテルマンだったとある企業の社長から聞いたことがあります。本当にブラックと言われるほど厳しかったのだとのでしょうね。
    日本の労働人口は著しく減少一途なのに即効性のある対策は全く打ててません、せめて何時迄も鎖国政策のようなことをしてないで、アジアの若い人材の移民を受け入れて(アジア限定でも)一次産業をはじめ介護や引越などの運送流通業、建設業界など、まだまだ人力が必要な業種で活躍して貰ったらいいと思う。ファミリーレストランで配膳ロボット活躍してますがテクノロジーはどこまで進化するんでしょうか?
    今、日本はまともに働くということを忘れてしまったバカ者どもが、どんどん増加している印象で最近フィリピン警察を賑やかした闇バイトに15歳のガキから20台を中心とした若い者が毎日のように逮捕されたニュースが流れています。何で楽して金を稼ぐことしか頭が回らないのか高校生が何で大金を必要とするのか良く分かりません。20年前頃も女子高生の援助交際が問題になりましたね。20〜30歳台の奴らは犯罪じゃなく働くことを覚えて欲しい。

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    1. 「匿 名」さま

      コメントをありがとうございます。
      ユニクロだけでなく日本のそうそうたる企業にも影の部分があります。世界中の企業についても同様です。営利を求める限りは、やむを得ないのでしょう。
      日本で一番心配なことは少子化の問題です。
      2070年までに日本の人口は30%減の8千7百万人にまで減少するという試算があります。また、65歳以上が3千3百万人ほどで、15歳から64歳までの生産年齢層が4千5百万人くらい。
      唖然とする数字です。お隣の韓国でも、人口問題は深刻だそうです。仮に世界の主だった国々で人口が減少したとしても、これからの日本の国力は、今のままでは、衰退の一途をたどるばかりです。
      日本は伝統的に外国人労働者に対する門戸が狭いですね。徐々にではありますが、政府は重い腰を上げて、幅広い分野に外国人を受け入れつつあるようですが、生産力を補填するまでには、相当の時間を要することになると思います。
      日本人の知恵を発揮してI T を駆使して、これ以上の国力の減退を食い止めなくてはなりません。
      今も、そして、あの世に行ってからも、願うばかりです。

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